投資普及の先にあるもの

そういえば昨年のお正月は、甥っ子が受験に合格して入学間近ということもあって、「1ヶ月以内に使うように」という言葉を添えて大きめの金額を渡したのだが、結局あのお金は使われたのだろうか。

数日前に会った際に確認しようと思っていたのに、またすっかり忘れてしまったのだが、賢い彼のことだ、きっと自分の興味を追求する何かに使ってくれているに違いない。

 

話題のNISAのおかげで投資がいよいよ普及しつつあるようで、これは大いなる前進であることは間違いなさそうだし、高校生の頃から25年ほど投資をしている身としては、世の中本当に変わったなと驚きをもって今の状況を見ている。

この社会現象は、まずはこれまでは手元に置いていたであろう現金を株やファンドなど金融商品に替えていく形を取っているわけだが、それだけで終わることはない。これが後々、人や社会にどんなインパクトをもたらしていくのか(そう、ちょうど携帯電話やインターネットが普及していった時のように)、とても興味深い。

 

もちろんお金が増えた、減ったと一喜一憂する人も多いだろうし、だとしてもお金が増えて旅行にでも行けたら最高で、資産が増えることで消費が増える資産効果というのも大きくあるのだろう。ただ、それと同時、またはすぐ後に立ち上がるのは、

「このお金の投じ方は適切なのか」

「他の、より魅力的な投資先があるのではないか」

という問いだ。

投資を始めた人全員ではなくとも、一定割合の人にとって、これは一度気になり始めたら止められない問いであり、つまり一生ついて回る問題となるはずだ。

 

もちろん、ここで言う”魅力的な投資先”というのは金融商品に限るものではない。日本中や海外を自分の目で見に行きたいとか、気になっていた歯列矯正や語学学習みたいな自己投資。応援したいソーシャルセクターへの寄付とか、もっと身近な人、例えば親を旅行や食事に連れて行ってあげたり、子どもと一緒に今しかできない体験をしてみるということもあるかもしれない。

つまりこれは、投資するのか消費に回すか、はたまた寄付するかという問いであると同時に、未来に張るのか現在に賭けるのかという選択でもあり、お金だけでなく時間をどう使うのか、何に優先的に振り向けるのかという問いともほぼ同義、または隣接したものと言えそうだ。

 

そんな風に考えていくと『Die with zero』という本が売れていることも納得がいく。40万部突破という情報を電車の広告で目にした時は驚いたが、

・楽しいことは先送りするな

・今からどんどん経験に金を使え(死ぬときはゼロにしろ=Die with zero)

・そうして蓄積される思い出こそが最大の豊かさの源泉だ

そんな主張をイソップ童話のアリとキリギリスの話を持ち出しながら語りだしていく本著は(アリは確かにせっせと働いて偉いけど、彼はいつ遊ぶのさ?)、貯金も投資も大切だが未来への備えであり、未来ばかり見ていると今を見失うぜというのが著者の渾身のメッセージなのだろう。

この本のタイトルを安易に「経験のすすめ」とかにせず逆説的に「Die with zero」と題したところが素晴らしいし、ヒットしているということは投資の先にある投資的な思考や行動が芽吹きつつある、少なくともそういう方向に世の中が動こうとしている証左である気がしている。

 

個人的には、この正月はのんびり過ごしつつ家族や親族と色んな話をしたが、深大寺の植物園を歩きながら長男と話したことが印象に残った。鉄道の好きな彼とウガンダ(アフリカ)に傾倒する僕の話が相まって、テレビの番組で今年開業する予定の高輪ゲートウェイにJRが投資している6000億円、そのお金をウガンダの街づくりや都市開発に活かしたらどんな風にできるだろうか、そんな話になった。ウガンダは若い人が多くエネルギーに満ち溢れているが、内陸国で港がない上に、道路など物流網が弱く競争力がない。そんな話をする中で長男がゲートウェイ6000億円の話を持ち出したので、そうそう、そういうことだよ!と大いに盛り上がったのだ。

1999年に村上龍が著した『あの金で何が買えたか』は、バブル崩壊後に銀行に投入された千億・兆円単位の資金があれば他に何ができたのかを絵本で見せるという、実にシニカルな作品だった。でも、まさにそういう思考こそが投資家的であり、よりbetterな行動を、ひいてはよりbetterな未来を引き寄せるものだと熱く伝えてみた。まぁ、彼は僕にそんなことを言われずとも自分の興味に全リソースを投入し続けており、そのプロセスで色んなスキルを獲得しつつあるように思うので、何にも心配していないのだが。

 

一定の時間をかけてコツコツ稼ぐこと。稼いだお金を投資に回すこと。そして適切にどんどん、自分に、他者に、社会に対して使っていくこと。

別にこれは金持ちに向けた話ではなく、金持ちは使うことに重きを置けばいいし、まだ資金が不足すると思う人は稼ぐことと投資に重きを置けばいい。

以前どこかで読んだ「真実はいつも中庸の中にある」という言葉が好きで気に入っていて、これを換言すると、要するにバランスが大事だよというごくごく平凡な結論となってしまうのだが、でもそういうことではないだろうか。

こんなことを書いてしまったので、自分としては今年もしっかり稼ぎつつ、自分のお金・自分の時間を前向きに、適切に、カラッと気持ち良く処分していこうと思う。皆さんにとっても楽しい一年になりますように。