シャドーイング月間

2月に出した本『だから声かけ話し合う』は、引き続きそこそこ売れているようですが、そこに追加しても良さそうなエピソードをひとつ。
先日、長男がひとりで一泊名古屋旅をしてきました。
行きは在来線、帰りは新幹線という鉄道(そして大好きな東横INN)ありきの旅だったようです。あまり詳しくは聞いてないのでよく知りませんが。
一人旅なんて最高だし応援したい。
けれどお小遣いを渡しているし、資金やりくり術も身につけて欲しい。
その葛藤の結果、ひとつ英語の勉強も兼ねてチャレンジをしてみようという提案をして、彼もやってみたいということに。内容はこうです。


・TEDの30 Days Challengeという3分ほどの動画をシャドーイングする
・スタートから1ヶ月後に本番を設ける。チャンスは3回
・旅代金の100%親負担からスタートし、ミス1つごとに5%が自腹に(本当は減点ではなく加点方式にしたかったけれど良い方法を思いつかず)

 

結果としては、初回のチャレンジではミスを連発して半分以上自腹状態でしたが、そこから修正して3回目のチャレンジ(出発当日の朝)では4-5回のミス。つまり20%ほどの当人自腹で済みました。
つられて僕も久しぶりにシャドーイングをやってみて、”A few years ago”から始まるこの文章を、二人揃って、ひたすら念仏のように唱えている1ヶ月でした。(何度も繰り返していると覚えてしまうので、シャドーイングか暗唱か分からなくなってくるのが難しいところ)
英語の学習という観点で、これがどれくらい効果的なのかは分かりません。
ですが僕は結構楽しかったですし、彼も楽しそうだった(そしてだいぶ自信もつけたように見える)ので良しとします。
次男も触発されて何かチャレンジしたいと言い始めているので、こちらも一つなにか人参ぶら下げつつやってみようかと思案中です。
皆さん、今週もお疲れさまでした。良い週末を◎

磯遊び

月が満月とか新月に近く、大潮または大潮寄りの中潮のときは、三男と、時には次男を連れて磯遊びに行きます。
自転車で3分、バケツと網と水筒抱えて、普段は海水で覆われている近所の磯へ。

磯に行って、(まるで何度食べても美味しさの感動が一向に減ることのない納豆のように)何度行っても毎回驚かされるのが、たった1メートル四方の狭い範囲でも、目が慣れてくると、その中に無数の生き物が生息していることです。カニやヤドカリはもちろん、場所によってはウミウシがいたり小さな熱帯魚が泳いでいたり、透明のエビとかすばしっこいハゼとか、本当に数えきれないほど。

それなりの興味を抱いて、割と前のめりな態度で向かわない限り、ほぼ確実に、単なる磯、単なる水辺、単なる岩礁にしか見えないその場所に、無数の生き物が生息している。このギャップに毎度、密かに心打たれるのです。
と同時に、磯とは全く別の普段の生活や仕事の中で、自分が見るべき大事な事柄、にも関わらず全く見えていない事象、そんなものもあるような気もしてきます。磯にいる時はそんなとを考える余裕もなく、生き物探し(と3歳児の行方)にほぼ全ての意識を注いでいますが。

ちなみに磯遊びに慣れている10歳の次男はサクサクと小魚やらカニやらを獲ってきてはバケツに入れます。一方それらを物珍しそうに眺める三男は、当然見てると触りたくなります。そして手に乗せて暫くすると、特に小魚は死んでしまう。獲ってくる次男と、死なせてしまう三男。当然そこで、次男が嘆くという形でコンフリクトが発生します。三男の行動は、まだ3歳なので致し方ない。そこにイラつく次男の行動も、まだ彼だって10歳なので、致し方ない。その様子を見守る僕が、それを炎天下の中でやららるとイラついてしまうことがあるのも事実で、それが致し方ないのかどうかは分かりませんが、全て含めて恒例行事です。

長男もまだ、たまに一緒に行ってくれますが、もう彼との磯遊びはほぼ終わり。次男もおそらく、ほぼ最終ステージ。となると、まだまだ磯遊びに行きたい盛りの彼は僕にとってのボーナスタイムと捉え、もう暫く磯遊びに付き合い尽くそうと思うのでした。
今日も皆さん、お疲れさまでした。

どれがいいじゃなくて、どれもいい

公立の学校は最悪だ。そういう話をする人がいたら、めんどくさいのであぁそうだよねと話を合わせることが多いですが、まったくそんな風には思ってません。色々問題はあれど、知や社会性を身につけるインフラとしてこんなに効率的なものは他にない気がします。
中学受験なんてナンセンスだ。そういう話にも頻繁に遭遇しますが、個人的には、幼い時期に人類の叡智をインストールできることには多くのメリットがあるのではと思います。
私の長男はN中に進学して、それは結果として彼にとって最高の選択だったなと今は思えますし、これから確実に勢力を拡大していくものと思いますが、今のところカリキュラムの独自色が強いので向き不向きはありそうです。
下記に貼り付けた記事はプレジデントオンラインに拙書『だから声かけ、話し合う』について取材いただいたものです。本の取材のはずなのに半ばN中の宣伝記事みたいになってますが、私の本心は上記のようなところです。どんな進路もウルトラCにはならないし、どんな進路も、それを良い踏み台にできるかどうかは自分次第、家族のサポートや友達との出会い次第なのだと思います。当たり前の話ですけどね。なのでどんな進路になろうとも、気楽に、ご機嫌に参ろうではありませんか◎

記事はこちら↓↓↓

president.jp

ミッション・ロマンティック

応援している起業家が本を出しました。ノンフィクションではなく小説を。

選書を通じた本との出会い、そして同じ本を読むことを通じて人と人との出会いを促すことを目的に「チャプターズ書店」というサービスを今まさにスタートアップ中の彼女。

その体験をベースに、彼女が大好き(であるが故に結果的に起業してしまった)な小説に仕立てたようです。

 

起業を成功させるために小説の執筆がどれだけ寄与するのか、僕は知りません。

けれど自分のやりたいことを思いつく限り、そして巡ってきたチャンスを逃さず、ひとつずつ形にしていくこと。溢れるほどのプロジェクトの数々を、何とか辻褄が合うようにやり繰りしていくこと。そういう努力や悪戦苦闘は、後悔の少ない生き方への処方箋だと思います。

 

彼女はいちばんはじめに会ったとき、1ヶ月で300万円の目処をつけないと会社が存続できないと言いました。

僕自身が創業から数年の間、100万単位の資金繰りに何度も苦しんできた苦い経験があるので、とても共感したことをよく覚えています。しんどいのですよね、あれ。

スタートアップ企業による数千万、数億の調達が珍しくなくなった今だからこそ尚更、かつての記憶が呼び起こされたのだと思います。

 

そして彼女はお金の話以上に熱を込め、とにかく何かロマンティックが生まれるサービスをつくりたいと訴えました。紹介時にそう聞いていたという意味では想定内でしたが、その執念は想定外でした。会社の名前は「ミッション・ロマンティック」。

 

ロマンティックなサービスとは何でしょう。ロマンティックを生み出す会社は、一体どんな会社であるべきでしょう。答えは分かりませんが、程良く抽象的なこの問いは、しばらく探究するに耐え得る、面白い問いな気がしています。

(ちなみに僕はバラード曲、特にロックバンドのバラードソング、が好きでして、バラード専門のレコード会社とかもあり得るのでしょうか。恋愛小説に特化したハーレクインみたいな)

 

この先どんな展開が待っているのか、正直まったく予測がつきません。でもこの不確実な感じは嫌いじゃありません。むしろ好物。

何はともあれ、ミッション・ロマンティックに幸あれ!

今どきの中学生 × ChatGPT

僕はお試し程度の気持ちでChatGPTに課金して最新版を使っているのですが(円安で割と高い、、)それを知ってる中1の長男も勝手に同じアカウントを使用しています。そしてたまに彼の使い方を覗いてみると、なるほどそう使うかと唸らされます。一例としては、こんな感じ。

・Unityのコードを書かせる(これは割と初期の頃からやってたみたい)

・想定と違った部分や分からない箇所をひたすら質問する

・10代の就農させるためのアイデアを問う(何か学校で課題があったのかな)

・その中で面白そうなものはイラストで出力させる(それをそのまま提出とかしちゃうわけ?)

・ifとかwouldなど勉強したい英語に関する問題を作成させ、そして解く

・採点/確認させ、間違った場所は指摘してもらった上で追試問題を出させる

個人的には英語の問題を出題させているのが割と衝撃的でした。

あ、そうか。そういうのも、もはや、その場でカスタマイズ参考書にしちゃう感じなんだ、と。

10問出されたのに5問しか採点されなくて、人間(長男)が突っ込んでGPTさんが謝る場面などもあって、タイムラインを追っているだけでちょっと笑えました。

 

何となく彼らを観察していると、使い方が自然なのですよね。

こっちは「何か面白くて便利な使い方はないか」と、ない知恵絞りながら使い道を探ってるけど、彼らは遥かにスムーズにあの手この手を繰り出す感じ。

フェデラーを見てるといとも簡単そうに球を打ってるように見えるのに、いざ自分でやってみると全然同じようにできない。そういうのに近い気がします。本人に聞いてみると、何か面白い使い方はないかと色々試行錯誤しているようなのですが。

そして、この類のセンスはゲームとかデジタルデバイスにある程度触れてこないと養われないと思うので、一定の制限はしてきたけれど割と自由にやらせてきた良い面が出ているのかもしれません。今評価を下すことはしたくありませんし、しない方が良いと思いますが。

 

このChatGPTまわりの話、もう少し観察を続けて考えたり、自分なりに整理した上で書きたいなとも思ったのですが、取り急ぎ面白かったのと示唆的で参考になる気がしたので共有でした。

写真は10年近く前の彼。お面を被りながら食べようとして「あ」となっている絵。

この頃から変わっていたけれど今も結構変わっていて、そのまま突き進んでいって欲しいです。