会社とは

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仕事で気持ちが大きく盛り上がっている時も、逆にシュリンクしている時でも、立ち戻って再確認してまた再出発するための原点的論考。取材とかでもこういう、とても大事ゆえに当たり前過ぎて口にしないようなことも、あえて確認がてら口にしつつ個別具体的な面白い話とかをしていくと、取材してくれている方がみるみる興味を抱いてくれたりすることが多いように思います。
ちなみに今日は(本当はもう少し前から)、朝から夕方まで色んな人と色んな話をして、気持ちが大きく盛り上がった一日。でも、こういうのは一寸先は闇だと知っているので、浮かれず先を急ぎます。(添付写真は諸事情によりオフィスに途轍もない量がストックされているブラックサンダー抹茶味。是非立ち寄っていただき、鷲掴みにしてお持ち帰りください)

ー会社はあくまでも商品サービスを生み出すための手段
ーまたは税金と異なる形で富の再分配を行うための機構
ーとは言っても会社を構成する組織は人間の集まりで会社は生活空間・時間の一部
ーだから「手段・機構」と割り切り過ぎるとおかしくなる
ー「手段・機構」としての会社と「生活空間・時間」としての会社
ー多様なテクノロジの台頭を前提に、両者の間で行ったり来たりしているのが今の世の中

会社の強さ

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社員が10人でも100人でも1000人でも、その企業の強さを決定づけるのは、
ー1%でも多くの社員が
ー1%でも多くの勤務時間を
商品やサービス、顧客のため、またはそれを支える組織のためになることをすべく頭と手足を動かしているかどうか。これに尽きますよね。(そして空いた時間は不平不満でなく雑談に使う!)
会社にも社員にも好不調の波はあるし、常に全員が100点満点のパフォーマンスを発揮し続けられるわけではないけれど、だからこそ、その中でもどんな状況でも上記の状態を維持し続けられる会社や組織が繁栄すると信じて、今週もよく頑張りました。ご褒美にこれから ダン を食べに行ってきます。

枠が溶解するスポーツ

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This is a re-post from what I wrote in weekly essay for inside people of Sow Experience. English version is followed because we have welcomed very first foreign engineer from this week.

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先日、車椅子バスケの試合を見に行って、そして体験もして、とても楽しかったのは8100からの既報通りですが、同行した僕の息子たちは途中から観戦より体験に夢中になって、僕と8100は観戦、子供たちは体験、、、という構図に(次男はあばらが一本折れてるのに)。帰り道、長男が「車椅子欲しいな、メルカリでいくらで売っているかな」などと言い始めて、今もし彼に普通のバスケと車椅子バスケのどっちを習いたいか問うたら間違いなく車椅子バスケを選択するだろうなと思い、これは何だか面白いなと思いました。ましてや僕らがその気迫あふれるプレイで魅了された鳥海選手のような圧倒的な選手がいると、どこかで人気沸騰する可能性もあると思いますし、多くの人が(バスケでなく)車椅子バスケをやりたいと言い始めた時、社会はどのように反応するのでしょうか。
義足の技術が発達してパラリンピック選手の短距離走の記録がオリンピックを超えるのは時間の問題と言われたりする中で、オリンピックとパラリンピック、健常者と障害者という括りは少なくともスポーツの中では消滅の方向に向けて変化しつつあるように思います。
先日、竹ちゃんが教えてくれた動画もとても印象的で、そこではデンマークで開催されたeスポーツの大きな大会で、登壇したデンマーク首相が「今は周囲から理解されていないし時間の無駄だと言われることもあるだろうけれど、君たちは技術を磨き戦う真のスポーツマンだ。ここで君たちをジャッジするものは国や宗教や見た目ではなく、技術だ」みたいなことを大観衆の前でスピーチしていて、なんだか思いがけず感動しちゃいました。確かに、これが立派なスポーツとして認識されれば、足がなくてもスポーツマンになれるし、海が怖くてもデジタル・サーフィンができるかもしれない。しかも世界レベルで戦えるかもしれない。素晴らしいやん。。。
話は変わりますが何日か前にTwitterで、ソニーがウォークマンを最初に発売した時は「耳にイヤホンを付けて街を歩くなんて自己中心的だ」と言う人が多かったという話を目にしました。今では信じられませんが、それがあったから多くの人が音楽だけでなくラジオや落語を聴き続けたし、今電車で皆がYouTubeを見ているのも、その流れですよね。
やはり10-20年単位で見ると社会は大きく変わっていくものですし、その中心にあるのは常に人の「楽しい・嬉しい・面白い」という単純な感情なのだと思った次第です。それにしても凄かったなぁ、車椅子バスケ。

As 8100 posted in the other thread, we saw and experienced Wheel-basketball last weekend, and that was so fun/amazing. I went with my two kids, and playing Wheel-basketball caught our kids hearts much more than watching game, so the latter half of our stay, we were separated into two groups ,,, adults for watching / kids for playing.. (though one of ribs of my younger son had been injured)
What was so impressed to me on the way to home is that older son asked me how much the wheel chair on メルカリ and he wanted it. I assume he would select wheel-basketball rather than normal-basketball if he is asked which school he would like to go.
One of players on that day was representation of Japan and his ability was really unbelievable. Sports like Wheel-basketball can be much more popular in near future, with the emergence of those excellent athlete who catch everyone’s attention, I thought. I am interested in how society would react,,, if many people would prefer to play wheel-basketball rather than normal one,, like my kids. This is very interesting thinking.

Let me write one more thing, a video Take-chan let me know the other day. That video was taken at the big e-sports festival in Denmark, and Danish PM made keynote speech in front of many many audience. In short , I have understood he said like this.
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You are not wasting your time. You are sportsman. You are truly sportsman, following your dreams, sing your talents. You are e-gaming pioneers.
Here, you are not judged by your nationality, or your religion or your appearance but by your abilities.
——
I was impressed by this speech. If this kind of e-sports would well accepted in the society, people with no legs can enjoy sports, people scaring water can enjoy surfing, and moreover, they can become real athlete competing with others from all over the earth. What a wonderful world we are about to dive into?!

I got to know from Twitter, that the first reaction of Walkman and Earphone on 1979 was “selfish” because it makes wall between human and surroundings. We know well about how both Walkman and earphone has been widely accepted,,,,
Society and our thought are surely changing in a decade, and the CORE of those changes is the people’s emotion of “fun/enjoy/interesting”. Let’s keep sowing the seed of experience through our product.

行き着く先は、個人

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企業の生み出す商品やサービスは、たとえそれが個人向けでなく企業向けのものであっても、その企業のクライアント(または更にそのクライアント、そして更にその先のクライアント、、、)は最終的に個人向けに行き着くので、企業商材の最終的な便益者は個人ということになります。逆に企業の所有者も、一義的には機関投資家だったりするけれど、最終的な資金の出し手であり実質株主は個人。つまり企業に収益をもたらす商材の買い手は個人で、企業の持ち主も個人。
官業にも似たようなことが言えて、行政サービスの最終便益者は個人(市民)。その行政サービスを経済的に成り立たせる主体も納税者という名の個人。

ではその個人という曖昧模糊とした概念をもう少し言語化すると、それは私たち人間の肉体であり、その肉体の中に生まれる心や意識、そしてその人間の中で生まれる感情、、、
とすると、個人の「楽しい」「嬉しい」「気持ち良い」感情の増幅が、あらゆる企業や行政の活動の終着点ではないかと思うのです。

いや、これは全くもって、常に楽しさ優先のお気楽人生をひた歩む自分の正当化のための理論武装に過ぎないのですが、でもそんなに筋違いなことでもない気がするのです。添付のスライドのように、だからと言って「興味関心の赴くままにいこう」とか「やっちゃえ」と言うのはちょっと飛躍がある気もしますが、でも、そうでしょう?
ーーー
今日、友人にお招きいただいて横浜国立大学の講義で大勢の学生の前で話をしてきたのですが、その際にも最後にこの話をして皆さん熱心に聞いてくださったので、こんなよもや話で他の誰かの心も就寝前に少しだけ軽くなったら良いなと思い、書いてみました。では、シャワーを浴びて参ります。

すごく簡単な贈り物

同じような人がどれくらいいるのか分からないが、僕的に最も手軽で頻繁に贈っているギフトは(体験ギフトでもギフティでもなくw)自分が面白いと思ったり、あの人に教えてあげたら良さそうだなと思ったニュースとかちょっとしたアイデアとかを誰かにチャチャっと連絡することだ。しかもこれは結構感謝されることが多いし(ということはつまり似たようなことをする人が少ないということなのかな)、一日数件とかやっていると結果的に多くの人に連絡を取ることになって、強制的に多くの人に自分を思い起こしてもらう機会になる。
人の意識の中に土足で乗り込むような、なんとも迷惑な話なのかもしれないが、そういうことが無さすぎる他者に無関心な社会というのは自分的に最も避けたい社会の在り方なので、そのアンチテーゼということで今日も「これは良いことなのだ」と自分を奮い立たせ、自分が見つけたり考えたりした面白いネタをせっせと他人に転送している。なんだかPGとしてとしてバスケットボールをプレイしているような気分だが、ポイントは、自然と誰かの顔が頭に浮かんだら連絡するということで、それを守っている限りは根っこに愛があるので嫌がられることは少ない気がする。

これは本当に手軽にできるし、結構感謝されるので誰にでもオススメなのだけれど、こういうことを書くと「自分が良いと思ったものが相手にも同じように思ってもらえるかどうか不安だ」みたいな人が出てくる。そういう人に無理してやりなよとは言わないし好きにして欲しいけれど、とにかく日本人は世界の中でも稀に見るシャイな国民だと思うので、その中でさらにシャイなことやっていたら地球上の上位0.1%くらいのシャイな人間になってしまうし、それで得することはあまりない。やっぱり自分の置かれている環境をより良いポジションに持っていきたいのであれば、シャイさを殴り捨てて恥かく勇気を持たなくては。年末商戦が佳境に入ってきて少し気持ちに余裕が生まれたので書いてみたけれど、まだクリスマスギフトも間に合うのでぜひご用命ください