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企業の生み出す商品やサービスは、たとえそれが個人向けでなく企業向けのものであっても、その企業のクライアント(または更にそのクライアント、そして更にその先のクライアント、、、)は最終的に個人向けに行き着くので、企業商材の最終的な便益者は個人ということになります。逆に企業の所有者も、一義的には機関投資家だったりするけれど、最終的な資金の出し手であり実質株主は個人。つまり企業に収益をもたらす商材の買い手は個人で、企業の持ち主も個人。
官業にも似たようなことが言えて、行政サービスの最終便益者は個人(市民)。その行政サービスを経済的に成り立たせる主体も納税者という名の個人。

ではその個人という曖昧模糊とした概念をもう少し言語化すると、それは私たち人間の肉体であり、その肉体の中に生まれる心や意識、そしてその人間の中で生まれる感情、、、
とすると、個人の「楽しい」「嬉しい」「気持ち良い」感情の増幅が、あらゆる企業や行政の活動の終着点ではないかと思うのです。

いや、これは全くもって、常に楽しさ優先のお気楽人生をひた歩む自分の正当化のための理論武装に過ぎないのですが、でもそんなに筋違いなことでもない気がするのです。添付のスライドのように、だからと言って「興味関心の赴くままにいこう」とか「やっちゃえ」と言うのはちょっと飛躍がある気もしますが、でも、そうでしょう?
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今日、友人にお招きいただいて横浜国立大学の講義で大勢の学生の前で話をしてきたのですが、その際にも最後にこの話をして皆さん熱心に聞いてくださったので、こんなよもや話で他の誰かの心も就寝前に少しだけ軽くなったら良いなと思い、書いてみました。では、シャワーを浴びて参ります。

すごく簡単な贈り物

同じような人がどれくらいいるのか分からないが、僕的に最も手軽で頻繁に贈っているギフトは(体験ギフトでもギフティでもなくw)自分が面白いと思ったり、あの人に教えてあげたら良さそうだなと思ったニュースとかちょっとしたアイデアとかを誰かにチャチャっと連絡することだ。しかもこれは結構感謝されることが多いし(ということはつまり似たようなことをする人が少ないということなのかな)、一日数件とかやっていると結果的に多くの人に連絡を取ることになって、強制的に多くの人に自分を思い起こしてもらう機会になる。
人の意識の中に土足で乗り込むような、なんとも迷惑な話なのかもしれないが、そういうことが無さすぎる他者に無関心な社会というのは自分的に最も避けたい社会の在り方なので、そのアンチテーゼということで今日も「これは良いことなのだ」と自分を奮い立たせ、自分が見つけたり考えたりした面白いネタをせっせと他人に転送している。なんだかPGとしてとしてバスケットボールをプレイしているような気分だが、ポイントは、自然と誰かの顔が頭に浮かんだら連絡するということで、それを守っている限りは根っこに愛があるので嫌がられることは少ない気がする。

これは本当に手軽にできるし、結構感謝されるので誰にでもオススメなのだけれど、こういうことを書くと「自分が良いと思ったものが相手にも同じように思ってもらえるかどうか不安だ」みたいな人が出てくる。そういう人に無理してやりなよとは言わないし好きにして欲しいけれど、とにかく日本人は世界の中でも稀に見るシャイな国民だと思うので、その中でさらにシャイなことやっていたら地球上の上位0.1%くらいのシャイな人間になってしまうし、それで得することはあまりない。やっぱり自分の置かれている環境をより良いポジションに持っていきたいのであれば、シャイさを殴り捨てて恥かく勇気を持たなくては。年末商戦が佳境に入ってきて少し気持ちに余裕が生まれたので書いてみたけれど、まだクリスマスギフトも間に合うのでぜひご用命ください

People of love

昨日、話して感じたことをたまには英語で。ウガンダの人たち、本当に愛を感じさせてくれるのです。

When I talk to Ugandan people, especially Ronnie, I am always so impressed that they are always thinking about “others” such as families and friends. That is why I like them so much and there is plenty of things I can learn from them.
Yesterday we talked about growing rice in our land, located in JInja alongside River Nile. Demand for rice has been increasing as almost the same pace as the African countries has become richer. According to Ronnie, some of our friend living in Uganda can afford to eat rice, but they do not. Why? Ronnie said that is because they have meal almost everyday with bigger families and neighbors. It is very natural for them to think about not only their own family but also families beyond parents and kids, and neighbors. That is why more money is required to have rice with no hesitation.
I also know that some Ugandas living in Tokyo has been supporting tuition for some students in Uganda, even from when they did not have enough money they can use for themselves.
They are always thinking about others. They are people of love.

自分のことは自分だけでやらない

EFFECTS

仕事しながらチャリで葉山を10kmくらい巡りつつランチしたりカフェ行ったりして自宅に帰ってきたら、家で妻が出版予定の書籍の撮影をしていてカオス。でもこれが日常。就職活動の時に、ブライダルの会社は非日常を日常的に回す仕事、と誰かが言っていて記憶に刻まれたが、カオスが日常的に回っている家庭が、我が家になります。
でもこのカオスがいつもギリギリ(アウト!)ながら何とか回っているのは隣人や家族のサポートのおかげで、本当にありがたい限り。子育てや家事はもちろん、それ以外の地球上のほとんどの仕事は「自分のことは自分だけでやらない」方が楽だし、それゆえに楽しいことが増えたりするわけなので、一人でも多くの人が「自分のことは自分でやらなくちゃ」というメンタリティから抜け出せることを願うばかり。人に救いを求めていこう、人の世話をしていってあげよう。時間の融通、手間の融通、場所の融通、お金の融通、、、インターネットで解決しきれていない融通の余地は、まだそこらじゅうに転がっている。
人の世話になり続けている僕が放つ言葉じゃないなと思いつつも、ふと思いつきを書いたまでです。何処かの誰かの救いになれば幸い。写真はさっき通った葉山港の写真。今くらいの時期から水がどんどん澄んできて、とても綺麗な季節。

辻褄合わせのF1観戦

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たった2台の車を高速で走らせるために社員2000人を雇い、年間300-400億円を使う。そしてエリートエンジニアが0.1ミリ単位で車高を調整する。F1はそんな最高に馬鹿げた虚構の世界だけれど、魅了され始めて早30年、ようやく週末の鈴鹿で自分の目で見てくることができた。感動。他にもまだ、好きだったり興味あるけれど未体験のことはたくさんあるので、前のめりで辻褄合わせをしていこうと思う。この、とりあえず走り出したり興味関心ありきで後から沸点越えたものを順次体験して追いつかせる辻褄合わせというやり方が、僕は結構好きです。体験足りてなさそうな人には、ぜひ体験ギフトをプレゼントしてあげてください!