最近のひとこと

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泥棒がやってきた

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泥棒がやってきた。
と言っても自宅ではなく、ウガンダで運営しているお店に。
幸いお店のバックヤードで寝ていたスタッフが物音に気づき、アラームを鳴らしたら逃げ去った。
何も盗まれなくて良かったし、何よりもスタッフの身に危険が及ばず安心した。
似たようなことは過去に何度もあった。
100万円を盗まれたこともあるし、畑のポンプを破壊されたこともある。
犯人が身内ということもあった。
ウガンダの、しかも割とローカルな場所では目立った動きをしているので、それを面白く思わない人がいたり、魔が差してしまう人がいるのだろう。
守りが甘いと言われたらそれまでだが、その都度、チーム内で対策を考えながら善処している。
日本でも盗みはあるが、泥棒の存在はウガンダの方が身近だ。
理由の一つは貧しさで、もう一つはルールの未整備と守る姿勢の欠如。つまり規律だ。
ウガンダの事業は自分の強い思いありきで始めたわけではなく、人のご縁と成り行きで始めることになった。
でも、仲間を募り継続していくからには、その活動に目的や意味を見出す必要がある。
貧しさの克服と規律の醸成。
他にもあるが、コーヒー畑や牛の飼育、そしてミニスーパーの運営を通じて、善き手本を体現していきたい

雑談ー喜び体質の維持

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It’s my pleasure.というフレーズが好きだ。
日本語訳としては「どういたしまして」だが、実際のところ、ニュアンスが違い過ぎるように思う。
文字通り受け止めると「それは私の喜びです」と言っているし、それってめちゃくちゃ素敵じゃないかと思う。
(ちなみにThank you.と”有り難う”も同じくらいニュアンスが違うと思う。”有り難う”は”有り難い”で、Hard to existだ。この場合は有り難うの方が好きだ)

 

ではIt’s my pleasureは良いとして、私の喜びは何だろう。あなたの喜びは何だろう。
答えが何であれ、この質問に即答できる人は幸せだ。
具体的なこと、抽象的なこと。
ひとつだけの人、たくさん挙げる人。
前も今も同じ人。毎回違うことを言う人。
色んな喜びがあって良いと思うが、どうせなら、具体的で細かい喜びリストを膨大に抱えておくのが良いのではないかという気がする。
喜びを感じることは機械に代替されないから、そこは人として胸張っていく。
これからの時代にもフィットするのではないか。
喜びがあるから非合理を貫ける。
無駄なことが偶然を生み、喜びをもたらす。
どちらも機械にはできないことだ。
小さいことで喜べるかどうか、それは体質の問題。
意識する、習慣にする、そこから人柄にまで組み込めるかどうか。
それはやってみないと分からない。
先日、とある方の本でこんなことが書かれていた。

 

「学校は子どもに何を与えるべきか」ではなく「学校は子どもから何を奪ってはいけないか」

 

学校を親や社会と読み替えることもできるが、奪ってはいかないことの代表が喜びだと思う。
犬がいる。自分でお尻を拭けた。忘れ物をしなかった。ポケカを拾った。
子どもは遊びの天才であると同時に、喜びの達人でもある。
その体質を奪わず、維持できるか。
それが問われている。
写真は馬鹿の一つ覚えで相変わらず、笑顔でキャンプ先で串揚げを用意してる人

雑談ー新たな家電のインサイト

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昨晩から今朝にかけ、新たな家電のアイデアを思いついた。
ひとつは階段の隅っこに溜まりがちのゴミ、あいつらをストレスなく簡単に吸い取れる掃除機。
その名もエッジ。
さすがにもう、ダイソンの吸引力は万能じゃないことに皆気づいているだろうし、「賢者はマキタ」と言われるけれど(いや、これを言ったのはSOWの昔の社員)マキタだって万能じゃない。
だからきっと、階段の隅っこ1-2ミリのゴミまでしっかり吸い取れる掃除機は、きっと人々を熱狂させる。
どう実現させるかは、プロ任せ。
そしてもうひとつは、お弁当を冷ます機能のついた電子レンジ。
お弁当は多少、冷ましてから蓋をしないと傷んでしまう。
そこで電子レンジの中に入れ、冷ますボタンを押すと送風またはプラスアルファの機能で、程良く温度を下げてくれる。
6歳の三男も食事のとき、熱い器があると毎度保冷剤を取り出してきて、お皿の上にかざしている。
ほぼ無意味なのだが、冷ますボタンがあれば彼も喜びそうだ。
ひとつめは昨晩、SOWの仲間と話しているとき。
ふたつめは今朝、いつも通り妻がお弁当用に調理したおかずを窓の縁に置き、風に当てているを見かけたときに、ふと思いついた。
いや本音としてはそんなものは要らないと思うし、こんなインサイトはかつて、無数に出されているし検討されてもいるだろう。
けれど、こういう妄想はいつだって楽しい。
皆さん本日も、お疲れさまでした

雑談ー声のエナジー

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今日は割と大切な打ち合わせがいくつかあった。
頭を整理した状態で臨むつもりだったが、なかなか収束せず、割ととっ散らかったままでの参加。
けれどここ数日の間、色んな角度やフレームで時間をかけて思考したことは紛れもない事実。
それを五月雨式に色んな形で話した。
幸い、話して少なからず伝わった気はしたし、話すことを通じて皆のイメージが多少は揃った手応えがあった。
一昨日は「書くこと」について書いたけど、話すことも同じくらい大切。
そして話すことも、考えを伝えるための手段である以上に、話すことそのものが目的と言って差し支えないくらい、思考を促すし勇気が湧く。
エディ・ジョーンズはそれを「声のエナジー」と言っていた。
そして今日は株価が大きく調整。
自分の生活の中で色々とケアすべきことが多方面にある中で、株に意識を取られるのは避けたい。
そういう理由で資産運用は信頼できる友人知人を中心とした友だち投資(友人知人の経営する会社や運営するファンドに託す)に徹していたつもりが、ひとつ値動きの荒い株を保有していたため気が気じゃない。
これはいかんと反省し、意識から切り離すために損切り。悔しいが欲をかき過ぎたと反省。
それにしても一気に寒くなってきましたね。
風邪の人も多そうなので、皆さん気をつけて

子どもとのアレコレー肩の力を抜くオススメ三冊

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育児とか子どもとの関係に、少し疲れや行き詰まりを感じている。
そういう人には、次の三冊のうち一冊で構わないので、目を通してみて欲しい。
忙しくてそれどころではない、そういう人は、一冊の中の気になるところをペラペラめくるだけでも十分。
きっと肩の力が抜けるし、楽になるのではないかと思う。

 

『ひきこもれ』吉本隆明
『子どもと悪』河合隼雄
『あなたが子どもだったころ』河合隼雄

 

『ひきこもれ』は、不登校とかひきこもりは異常でもなんでもないと説いている。
むしろ学校は偽の厳粛さ、偽物の道徳性に満ちている。不登校の子どもは、その欺瞞性を鋭く見抜くまっとうな感受性の持ち主だと。(極端な意見だが20年以上前の本なので悪しからず)

 

『子どもと悪』では、いい子であることは健全な成長を意味しない。嘘、秘密、反抗、盗み、攻撃性、親の言うことを聞かないこと、それらの中に成長に必要な意味が隠れていると説いている。

 

そして同じく河合隼雄さんの『あなたが子どもだったころ』には、文学者や科学者、建築家など超一流の方々について話を聞いていく。色んな話が出てくるが、いわゆる理想的な教育を受けている人はあまりいないことに気づかされる。

 

できれば三冊まとめて買って、家の中でよくいる場所に置いてみて欲しい。
ふとした時に手に取ってさっと数ページめくるという使い方がオススメ。
いろいろ親として与え過ぎようとしたり、考え過ぎたり、そんなことは必要悪。
きっと、そういうことに気づかされる