SOWよもやま④ーけれども会社は動いてる

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社長業には飽きている。
けれども会社は動いている。
例えば藤沢の名店ビル内にある有隣堂では過去最大級のポップアップストアを展開中だ。お店が閉店となる1月末までの予定。
新商品も発売した。
きっかけ切符という名前で特別なひとり時間を贈れる体験ギフト。
最近の商品はeギフトが多かったが、こちらは久しぶりにパッケージがあるタイプの商品。明日は取材も受ける予定。
以前から販売いただいてるロフトでは、購入の際に必要だったお店側の手続きが簡素化され、お客様をお待たせする時間が大幅に短くなった。
僕も渋谷店で試してみたけれどサクッと買えた。
他にも色々あるのだが、何だかうごめいているではないか。
こうして動きがあるのを見ると、社長業は少し飽きているくらいがちょうど良いのだろうか。
まぁ何だっていい。常に100点満点なんてないのだから、社員、顧客、取引先、株主、そして経営陣、皆が継続して平均70〜80点くらい取り続けられる状態をこれからも維持していこうと思う。

子どもとのアレコレ④ーゆっくり、楽しく、朗らかに

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うんち味のカレーとカレー味のうんち、どっちがいいか。
この永遠の問いを、6歳になった三男が口にし始めた。
「汚いからやめなさい」だと思うが、ちょっと待って欲しい。
これ、ふたつの観点で再評価の余地はないだろうか。
ひとつは選び難い二択であること。
もうひとつは第三の道を探る余地があること。
一点目は言わずもがな、社会は簡単に答えを出せない二択問題で溢れている。
小さい政府と大きい政府。死刑制度やコロナワクチンの賛否。
難しくても、個人としての判断、社会として合意形成すべき問題は無数にある。
うんち/カレー問題は、その訓練の入口とは捉えられないか。
そして二点目。
二択が提示されたら、まずその前提を疑う。
ジョブズがスマホとパソコンの二択を疑ったからタブレットがある。
性別の二択を疑ったから生きやすい人が増えた。
社会はそういう善処で少しずつ変わってきた。
本当はどこかにカレー味のカレーが隠されているんじゃないの?
うんち味のカレーにふりかけ使ってもいい?
話していくと、第三、第四の道もきっと見つかる。
そして何よりも、そんなくだらない話をしていると楽しいし、子どもも喜ぶ。
この時きっと、彼らの脳は活発に動いていると思う。
というか、脳が活発に動くのはこういう時。
それをリセットさせて、別の場所で無理に動かそうとするより、この状態を利用して大切なことを伝えれば良いのではないか。
河合隼雄が作家や宇宙飛行士など多くの著名人と対談し、彼らの子供時代について聞いていく『あなたが子どもだったころ』という本を読んでみても、みんな驚くほど素朴で、放って置かれて、適当にやってきたことに気付かされる。
ゆっくり、楽しく、朗らかに。
そんな感じで参りましょう。

雑談②ー古典への接近

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家に南方熊楠全集がある。
数年前、何となく身辺に置いておきたくなってヤフオクかメルカリで買ったものだ。
けれど割と出番がない。
昔の人の言葉で読みづらいこともあるし、分厚いのが十巻とかあるので途方もない。
ほぼ風景と化していたのだが、最近ようやく使い方を見出した。
AIだ。
自分が今考えたり、掘り下げたいと思っていることに関して、南方熊楠全集で言及されている箇所はある?と尋ねる。
森羅万象について書き記している南方熊楠の全集なので、たいてい何か近しいことが、絶妙な表現で書かれている。
何巻の何ページに該当箇所があると教えてくれるだけでなく、要約も提示してくれる。
けれどそこは、原典にあたる。
これでやっと、何年間も全集を置いておいた意味が後付けされていくように感じられる。
もちろん、100年以上前に書かれたものなのでぴったり同じことが書かれている、なんてことはない。
乖離がある。
でもその乖離がまた、思考を促す良いスパイスとなる。
今のところ僕は、偶然性とか関係性など、事業とか商品コンセプトの理論的支柱を組み立てる際の参考にすることが多い。
でも例えば、割と盛り上がった昨日のポルシェ投稿とかでも、
ーーー
でも、かなり近い発想はあります。
一番近いのは『南方熊楠全集』第1巻の「鼠に関する民俗と信念」にある、
「世界にまるで不用の物なし」
という一節です。熊楠は、害虫や菌類のように一見「悪いもの」「不要なもの」に見えるものでも、関係の中では重要な役割を持つ、と書いています。『全集』第1巻580–581頁です。
ーーー
みたいなことを言ってくる。
つまり、いつもイマイチ最後締まらないブログや企画書に「熊楠もこう言っていた」と書き添えれば、多少の箔付けになるかもしれない。いや、ならないか。
でも古典や古の知への人工知能を経由した接続。なかなか良いアイデアだと思う

車の話②ー「雑さ」という価値

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僕のポルシェは5〜6年前にヤフオクで買った。
オークションの開始価格は確か80万円くらい。
ポルシェ屋さんには有象無象の金持ちがゴロついてるが、ポルシェを80万円で買おうとするセコいやつら業界の中では負けないぞ。
そんな虚栄心で競り落とし、金額は確か200万くらいだった。
出品者が横須賀だったので、夜に競り落とした10時間後、電車と歩きで取りに行き、朝には逗子まで乗って戻ってきた。
新品は2000万円くらいするし、1〜2年待たないと納車されない。
それと比べてこちら、価格は1/10、納車時間に至っては1/100以下だ。
でも僕が一番価値を感じていたのは、雑に乗れること。
20万キロの200万円傷付きであれば、サッカーや保育園帰りのドロドロでも気にならない。
ポルシェは「速い」スポーツカーで「高い」車という事実は揺るがない。
けれど、そこに「安さ」や「傷」が加わると「日常的に雑に乗れる」という価値が生まれる。
紛れもないあのポルシェなのに、雑に乗っても罪悪感がない。これは紛れもない価値だ。
こう書いてどう思われるか知らないが、これは金持ちの道楽とは違う。
既存の価値に縛られないこと。
自分なりの価値を見出し、定義すること。
車だけじゃない。
趣味、仕事、そして育児とかでも、それができると楽だし、楽しい。
今の社会は便利だけど、その分普通に生活していると、ふと気づいた時にどこかの誰かが作ったルール、それに基づく評価に従属していたりする。
ルールは自分で作ればいい。
評価されてばかりじゃなく、する側に回ればいい。
その軸になるのが自分なりの価値観、判断軸。
車はそんなことを考え、鍛える良い手段かもしれない

ウガンダbiz①ー2000円のイノベーション

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ウガンダで運営しているArigato Farmには、今、牛が5頭いる。
コーヒーが中心の農園だが、肥料として必要な堆肥が最近高く、牛を飼えば自給できるから。余れば販売できるし、ミルクを搾れば日銭も稼げる。
今のところ、毎日40リットルくらいを搾乳、20リットルは子牛が飲み、残りを販売している。
それを売ると2000円くらいになる。
そのレポートを毎日当たり前のようにSlackで見ていたのだが、今我々の牛乳を販売してくれてる近隣の商店には、これまで牛乳の取り扱いがなかったことを先日知った。
つまり新たな販路を開拓したわけで、これは賞賛に値する。なぜなら、この型が再現できるならば決して小さな話ではないから。
たった2000円でも、その意味を適切に捉えることができれば、組織の中で感謝の言葉が行き交い、チャレンジが促され、カルチャーやスピリットが醸成される。
大きな話は話題になって当たり前。
むしろ小さな話をどう取り扱うかに、組織の性格は表れる。
今回僕は、数字だけ見ていて内実を把握できていなかった。危ない。
近々ウガンダを訪問する際、この小さなイノベーションを生み出したスタッフにはしっかりお礼を伝えることにしよう