Welcome to 逗子

またひとり、親しい友人が逗子に引っ越してくることになりました。彼は既に七里ヶ浜にも部屋を借りているので、逗子と七里ヶ浜の二拠点という珍しい形ですが、いずれにしても仲間が近くにいるのは嬉しいし、何かときっと、便利です。まだ引っ越しは済んでいませんが、昨日も東京から戻って4pm頃、駅前のスタバでzoomミーティングしている彼と遭遇し、10分ほどおしゃべり。こういうのはご機嫌だし楽しいです。
逗子は住民約5万人の街で、面積は約17平方キロ。渋谷区とか目黒区と同じくらい、世田谷区の1/4と小さな町です。それに加えて市内の半分くらいは森とか山、それ以外はいくつかのエリアに居住地区が分散しています。それぞれの地区にも小さな商店街がありますが、大きな商店街は街の中心である駅の近辺に3つほど集積しているので、市内の多くの人はこのあたりをウロウロしており知人や友人との遭遇率は自ずと高まるわけです。
1960年代にアメリカの近代都市計画を痛烈に批判したジェイン・ジェイコブズは多様性のある都市の条件として、曲がりくねった道が多いことや域内の多くの場所の用途が同時に2-3以上存在していること、そして古い建物が一定比率存在していることなどを挙げていますが、逗子はそれらを高いレベルで実現できている街だと住んでいて実感します。
近くに友人たちが住んでいて彼らと交流すること自体もさることながら、そんな色んな大人たちとの交流は子供にとってもgood experienceなので、今後も国籍問わず、楽しい方々の流入をお待ちしております。

Bad News

巷のニュースは暗い話題で溢れているけれど、世の中には良いこともたくさんある。なぜそれをニュースとしてもっとたくさん取り上げないのだろう?
昔からそんなことを考えていて、今もその思いは抱いているのですが、いざ冷静に考えてみると「全てがgood news」みたいなメディアがあったとしたら、内容や文体にもよるのでしょうかさすがにお花畑感が強過ぎてウッときてしまうのかもしれませんね。(昨今の日本礼賛系テレビ番組に通ずるものがあるかもしれません)
逆に成果に衝撃を与えるような悲惨なニュースや残念な出来事も、捉える側の態度次第では教訓の塊となるのでしょうし、それでこそ報道される側の被害者や遺族は救われる側面もあるのかもしれません。
少なくとも知床汽船のニュースはあまりにも重いなと感じてまして、ソウ・エクスペリエンスは体験施設そのものを運営しているわけでなくどちらかというと紹介業という違いはあるものの、この事件から意識的にも実務的にも学び活かすべきことは多くある気がしました。それは当社の社員も同じようで、顧客対応を担当しているメンバーは、毎回予約における手間だと感じていた悪天候によるキャンセル(連絡)が感謝に変わったと話していたのがとても印象的でした。
Good newsもBad newsも、それを目の当たりにした時の悲観も楽観も、どちらに振れるかは性格もあったりで誰にも(当人にも)コントロールできないことだと思うのですが、何にしても、何かの事象に出くわした時、そこから何を感じて次に活かすか、その態度こそが大事ですよね。
そして最後に改めて、知床汽船での犠牲者にはご冥福をお祈りします。

チップスギフト

先日、車の鍵がひとつトイレに流れてしまいました。落ちたのではなく、流れる。その不可解な経緯は畑仕事後に作業着を着ていた妻のみぞ知るのですが、最近の車の「ポチッ、カシャッ」となるイモビライザーキー、ディーラーに聞くとひとつ10万円もするのですね。驚きです。何となく悔しいので調べてみたら、個人で鍵の修理や製作を行なっているおじさんを見つけ、コンタクト。今日作業していただき半額ほどで済み、事なきを得ました。

ところで今日、新商品チップスギフトを発売しました。ポテチに限らずチップスは誰をも魅了する普遍的な食べ物。そんなチップスを「むしゃくしゃしたとき」「ビールやワインと一緒に」「まったり過ごしたい」「パーティ気分」の四つの気分に向けたセットにして、贈られた方の希望でお選びいただくギフトです。僕は参加していないのですがオフィスで試食会を行っている様子を何度か見かけまして、お菓子の輸入商社とパートナーシップを組んで世界中のチップスから選抜している模様です。
LINEやSNSでeギフトなので、いつでも即座に贈ることができます。来月の父の日は、ビールのお供にこれで決まりですね。

畳んで洗う

先日、洗濯機で洗う際に「畳んで洗う」という選択肢があることを初めて知りました。
それは東京駅で用事があり、その帰りがけにSOW EXPERIENCEの商品を長いこと販売いただいている大丸9Fの売り場に久しぶりに立ち寄った時のことでした。同じ売場にスポーツ用品店があったので少し覗いてみたら、気に入った柄のシャツが売っていたので、それに関連して店員さんに2,3の質問を投げかけたのです。
少し特殊な素材のシャツだったので、「シワがつくか」「アイロンが必要か」なんてことを聞いていたわけですが、その際に担当くださった店員さんが「私はシワがつきやすいものは、畳んでネットに入れてから洗濯機に入れます」との裏技をポロリと教えてくれて、何だその技は!!!と雷が直撃したような衝撃を抱いたのでした。まさか、水に浸かってワシャワシャ洗われる洗濯機に入れる前に、畳むとは!!!
ちなみに、もちろん即実践してみました。けれど今のところ、そのこと事態をすっかり忘れて乾燥した後に放置してしまったりしたので、効果の程は分かりません。もうしばらく実践を通じて、果たしてどれだけシワがつきづらいのか、観察を続けていきたいと思います。
最近はネットでポチッと何かを購入する機会がいよいよ増えてきましたが、やはりこういう発見は店員さんとの対話があってこそですね。

“助けて”は最も人間らしい言葉

先日、とある報道番組を見ていたら、ひとりの出演者が「”助けて”は最も人間らしい言葉」と話していてとても印象に残りました。
これを思い出したのは昨晩、近くに住むドイツ人が「明日は雨予報で、いつも雨のときは送り迎えをしてくれる親が近くにいないので車に乗せていって欲しい」と連絡をしてくれてきた時でした。
彼女に限らず、少なくとも僕の周囲にいる外国人は、割と気軽かつストレートに「助けて」の意思表示をしてくることが多いように思います。友人の職探しを手伝ってくれ(ウガンダ人)、在庫置き場が欲しいから1m四方のスペースを貸してくれ(台湾人)、ビザを取りたいから協力してくれ(アルメニア人)、そして先ほどのドイツ人。少し振り返っただけでもザクザク出てくる一方で、日本に住む人数比で考えると、日本人からの「助けて」の機会は相対的にとても少ない気がします。
もちろん、僕に限らず多くの日本人は、助けを求められれば気持ち良く応じるのでしょう。けれど助けを求めることはどうも苦手で「迷惑ではないか」と躊躇してしまう。そんな傾向があるのでしょうか。
「人様に迷惑をかけない」と言うとひとつの美徳のようにも聞こえますが、それは「助けてを言えない」ことと表裏一体で、かつ、コロナをきっかけとした社会的な孤立とか、シングルピアレント、はたまたヤングケアラーといった諸問題と密接かつ直接的に関係しているようにも見えます。放っておけないですね。引き続き個人的な重要テーマとして身の回りを観察考察しつつ必要に応じてアクションを起こしていきたいなと思います。