自分のことは自分だけでやらない

EFFECTS

仕事しながらチャリで葉山を10kmくらい巡りつつランチしたりカフェ行ったりして自宅に帰ってきたら、家で妻が出版予定の書籍の撮影をしていてカオス。でもこれが日常。就職活動の時に、ブライダルの会社は非日常を日常的に回す仕事、と誰かが言っていて記憶に刻まれたが、カオスが日常的に回っている家庭が、我が家になります。
でもこのカオスがいつもギリギリ(アウト!)ながら何とか回っているのは隣人や家族のサポートのおかげで、本当にありがたい限り。子育てや家事はもちろん、それ以外の地球上のほとんどの仕事は「自分のことは自分だけでやらない」方が楽だし、それゆえに楽しいことが増えたりするわけなので、一人でも多くの人が「自分のことは自分でやらなくちゃ」というメンタリティから抜け出せることを願うばかり。人に救いを求めていこう、人の世話をしていってあげよう。時間の融通、手間の融通、場所の融通、お金の融通、、、インターネットで解決しきれていない融通の余地は、まだそこらじゅうに転がっている。
人の世話になり続けている僕が放つ言葉じゃないなと思いつつも、ふと思いつきを書いたまでです。何処かの誰かの救いになれば幸い。写真はさっき通った葉山港の写真。今くらいの時期から水がどんどん澄んできて、とても綺麗な季節。

辻褄合わせのF1観戦

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たった2台の車を高速で走らせるために社員2000人を雇い、年間300-400億円を使う。そしてエリートエンジニアが0.1ミリ単位で車高を調整する。F1はそんな最高に馬鹿げた虚構の世界だけれど、魅了され始めて早30年、ようやく週末の鈴鹿で自分の目で見てくることができた。感動。他にもまだ、好きだったり興味あるけれど未体験のことはたくさんあるので、前のめりで辻褄合わせをしていこうと思う。この、とりあえず走り出したり興味関心ありきで後から沸点越えたものを順次体験して追いつかせる辻褄合わせというやり方が、僕は結構好きです。体験足りてなさそうな人には、ぜひ体験ギフトをプレゼントしてあげてください!

無償貸し出し

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最近たまに、オフィスのホールスペースを希望者に貸し出している。そこで小銭稼いでも仕方ないので、気の合う仲間だったり応援したいプロジェクトだったりした場合のみ無償という形で。
スペースを使いたいという人は何か企んでいるわけで、その人はもちろん比較的便利な場所がタダで支えて喜んでくれるし、僕らとしても色んな人に会社のことを知ってもらえて嬉しい。
GAFAみたいなネットワーク外部性がガンガン効くような事業でない限り、やはり色んな人ととの出会いやご縁が新たなチャンスを生み出すというケースは実際にはとても多いので、そんなきっかけをどんな風に楽して生み出すか、楽しく構造化できるかというのは結構大事なポイントであるように思う。
というわけでブラックがんばれ!!そして他にもホール利用希望者いれば適宜連絡ください。

経験価値のボラティリティ

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祖父が昨日朝に亡くなったのだが、人の最期はつくづく早いなと毎回思う。母方の祖父母の時も、義理の祖母の時も、そうだった。元気な姿の余韻が鮮明に残るほど、急に逝ってしまう。ピンピンコロリが良いと日頃から言っていた祖父にはぴったりの最期だったのがせめてもの救いだ。
それにしても、長男次男のおたふく風邪、からの僕のぎっくり腰、時々妻のケータリング祭り(クライアント募集中)、からの今回の出来事で比較的カオスだった(今朝、久々に次男を登園させようと思いきやおたふく風邪完治の登園許可証がなく預かりNG、がPEAK OF CHAOS)ものの、それでも仕事や会社が回っているのはありがたい限り!
今日、少し驚いたのは実家に安置されていた祖父の亡骸に対峙した際の次男の反応だ。僕は次男と同じ5-6歳の頃、初めて葬式に参列して曽祖母の死に顔を見た際に結構怖さを抱いた印象があるのだが、次男はかなりケロッとしていて納棺式にも冒頭数分本人の申し出で参加していたほどだ。事前に、死んでると言ってもまるで眠っているような感じだということをそれとなく伝えていたことに加え、我が家の慣習的に身内が亡くなっても涙というより笑いが飛び交う朗らかな雰囲気などが彼に怖さを抱かせなかった主因だと思うのだが、似たような経験も環境次第で捉え方が大きく異なることに新鮮な驚きを感じた。
最近、何かと話題を振りまく友人が価格自由というプロジェクトを始めてまた耳目を集めているが、価格自由つまり投げ銭的な概念は、商品サービスの受け手の感じる価値のボラティリティの高い商材に向いていて、友人の着想の原点となったものは書籍だったのだが、広義に捉えるとそれは経験・エクスペリエンスなのではないか、一連の出来事を通じてそんな考えを抱いた。
同時に、個々人の全ての経験には大いなる価値があるわけだが、似たような経験が捉え方次第で1にもなれば100にもなるわけだし、マイナスにもなればプラスにもなり得るわけだから、一個人の経験を帰納法的に一般化して他者に当てはめるのはホドホドにした方が良いのであろう。何だか色んなことを考えたこの数日だった。写真はシアトル生まれパロアルト育ちの祖父。安らかに。

腰痛

腰を痛めました。先日のテニスが原因か、はたまた長男に続きおたふく風邪にかかっている次男をさすっている時に変な体勢を取り続けたことが災いしたか。いずれにしても、痛いです。何とかオフィスには行ったものの、何度か全く動けなくなり、一時は帰宅を諦めかけました。こんな時、エスカレーターやエレベーター、そして手摺の有難さが身に沁みます。そういえば半年ほど前に96歳の祖父を連れて箱根に泊まりがけで出かけた時は、普段は全く気にすることのない段差や階段、または駐車場までの距離などを、行く先々のホテルや飲食店で注意深くチェックしたことを思い出しました。僕は年に一度くらい発症している腰痛ですが、本当に辛いので、皆さんもお気をつけを!