ミッション・ロマンティック

応援している起業家が本を出しました。ノンフィクションではなく小説を。

選書を通じた本との出会い、そして同じ本を読むことを通じて人と人との出会いを促すことを目的に「チャプターズ書店」というサービスを今まさにスタートアップ中の彼女。

その体験をベースに、彼女が大好き(であるが故に結果的に起業してしまった)な小説に仕立てたようです。

 

起業を成功させるために小説の執筆がどれだけ寄与するのか、僕は知りません。

けれど自分のやりたいことを思いつく限り、そして巡ってきたチャンスを逃さず、ひとつずつ形にしていくこと。溢れるほどのプロジェクトの数々を、何とか辻褄が合うようにやり繰りしていくこと。そういう努力や悪戦苦闘は、後悔の少ない生き方への処方箋だと思います。

 

彼女はいちばんはじめに会ったとき、1ヶ月で300万円の目処をつけないと会社が存続できないと言いました。

僕自身が創業から数年の間、100万単位の資金繰りに何度も苦しんできた苦い経験があるので、とても共感したことをよく覚えています。しんどいのですよね、あれ。

スタートアップ企業による数千万、数億の調達が珍しくなくなった今だからこそ尚更、かつての記憶が呼び起こされたのだと思います。

 

そして彼女はお金の話以上に熱を込め、とにかく何かロマンティックが生まれるサービスをつくりたいと訴えました。紹介時にそう聞いていたという意味では想定内でしたが、その執念は想定外でした。会社の名前は「ミッション・ロマンティック」。

 

ロマンティックなサービスとは何でしょう。ロマンティックを生み出す会社は、一体どんな会社であるべきでしょう。答えは分かりませんが、程良く抽象的なこの問いは、しばらく探究するに耐え得る、面白い問いな気がしています。

(ちなみに僕はバラード曲、特にロックバンドのバラードソング、が好きでして、バラード専門のレコード会社とかもあり得るのでしょうか。恋愛小説に特化したハーレクインみたいな)

 

この先どんな展開が待っているのか、正直まったく予測がつきません。でもこの不確実な感じは嫌いじゃありません。むしろ好物。

何はともあれ、ミッション・ロマンティックに幸あれ!

今どきの中学生 × ChatGPT

僕はお試し程度の気持ちでChatGPTに課金して最新版を使っているのですが(円安で割と高い、、)それを知ってる中1の長男も勝手に同じアカウントを使用しています。そしてたまに彼の使い方を覗いてみると、なるほどそう使うかと唸らされます。一例としては、こんな感じ。

・Unityのコードを書かせる(これは割と初期の頃からやってたみたい)

・想定と違った部分や分からない箇所をひたすら質問する

・10代の就農させるためのアイデアを問う(何か学校で課題があったのかな)

・その中で面白そうなものはイラストで出力させる(それをそのまま提出とかしちゃうわけ?)

・ifとかwouldなど勉強したい英語に関する問題を作成させ、そして解く

・採点/確認させ、間違った場所は指摘してもらった上で追試問題を出させる

個人的には英語の問題を出題させているのが割と衝撃的でした。

あ、そうか。そういうのも、もはや、その場でカスタマイズ参考書にしちゃう感じなんだ、と。

10問出されたのに5問しか採点されなくて、人間(長男)が突っ込んでGPTさんが謝る場面などもあって、タイムラインを追っているだけでちょっと笑えました。

 

何となく彼らを観察していると、使い方が自然なのですよね。

こっちは「何か面白くて便利な使い方はないか」と、ない知恵絞りながら使い道を探ってるけど、彼らは遥かにスムーズにあの手この手を繰り出す感じ。

フェデラーを見てるといとも簡単そうに球を打ってるように見えるのに、いざ自分でやってみると全然同じようにできない。そういうのに近い気がします。本人に聞いてみると、何か面白い使い方はないかと色々試行錯誤しているようなのですが。

そして、この類のセンスはゲームとかデジタルデバイスにある程度触れてこないと養われないと思うので、一定の制限はしてきたけれど割と自由にやらせてきた良い面が出ているのかもしれません。今評価を下すことはしたくありませんし、しない方が良いと思いますが。

 

このChatGPTまわりの話、もう少し観察を続けて考えたり、自分なりに整理した上で書きたいなとも思ったのですが、取り急ぎ面白かったのと示唆的で参考になる気がしたので共有でした。

写真は10年近く前の彼。お面を被りながら食べようとして「あ」となっている絵。

この頃から変わっていたけれど今も結構変わっていて、そのまま突き進んでいって欲しいです。

「何が問題か」が問題だ。

グローバルリーダー。
会社や教育機関のWebサイトとかカタログでよく見かける単語ですが、この言葉を見かけるたびに、正直、何だかちょっと薄っぺらいなと意地悪な気持ちが湧いてきます。
理由のひとつは抽象的過ぎて、それが何を意味しているのか常に曖昧なこと。
世界的企業の日本支社の部長はグローバルリーダーでしょうか。
訪日外国人相手に寿司を握る寿司屋の大将はグローバルリーダーでしょうか。
世界で、または日本人で最も優れたグローバルリーダーって、一体誰でしょうか。
言語、人種、活動地域など変数が多くて、何が満たされればグローバルと言えるのか、正直本当によく分からないのですが、この言葉を発する人、それに惹かれる人は、何をイメージしているのでしょう。
もし「どこに行っても生きていける」ということであれば、そう書けばいいのになと思いますし、万が一単に「英語を使う、話す」という場合でも、そう書きさえすれば済みそうです。

抵抗を感じるもうひとつの理由は、リーダーはチームや仲間があってこそのリーダーなのに、リーダーに固執するが故にチームや仲間へのリスペクトを感じない点。
もちろん、ビジョンやミッションをを端的に表現する際、細かいことをいちいち説明していられないのだとは思います。
ですが、リーダーを目指す過程で優秀なフォロワー・縁の下の力持ちになる可能性もあるし、リーダーやフォロワーは状況に応じて入れ替わるものだと書き添えることはできないものでしょうか。

グローバルかどうかは置いといて、自分がリーダーとしてSOW EXPERIENCEを、またはアフリカ/ウガンダでも事業を営み組織を率いる者として常に意識しているのは、自分たちが解こうとしている問いが、本当に心血注いで必死に解くべき適切な問いなのかどうか。それに尽きます。
どんなに賢く見える解決手段でも、元となる問いが間違っていれば誰の役にも立ちません。
自分を振り返っても、あのとき早い段階で問いを変えておけば良かったという反省は無数にありますし、似たような問いを立てる人や会社が増えてきたり、課題解決という言葉ばかり言う人が周囲に増えてきたら、それは潮時を意味するように思います。

「何が問題か」が問題だ。

ずっと僕にインスピレーションを与え続けてくれている黒崎輝男さんは、いつもそう言います。
今でこそ問う力が大事だと言われるようになりましたが、少なくとも知り合った20年前から、そしておそらくその遥か前から「何が問題か」が問題なのだと言い続けてきた彼の慧眼には恐れ入るばかりです。
自分が曲がりなりにも、果たしてグローバルリーダーを目指すことが正しいのか、そこで少し立ち止まって考えられるようになったのは、多分黒崎さんのおかげです。まだまだ往々にして、間違った問いを立ててばかりで反省することが多いですが。

ちなみに黒崎さんは、僕が直接知っている人の中では最高の国際人です。グローバルリーダーかどうかは分かりませんが、昔も今もずっと世界中を旅していますし、どこに行っても友だちがいる。そして一つのカフェとかホテルを起点にして街を巡り、美味しいものを食べ、いきなり何かの集まりに連れて行かれたかと思うと、突然依頼されて(いたのか?)スピーチを始めたりする。平易な英語だけど臆する様子など全くなく、それでまた友だちの輪が広がり、次なる旅の理由となる。
昔一緒にニューヨークに行ったとき、突然現れた黒人男性が僕に、黒崎さんについて力説してくれたときのフレーズが今も忘れられません。

He is miracle. He is always doing something new.

多分、黒崎さんはグローバルリーダーになろうなんて一瞬たりとも思ったことがないはずです。
「何が問題か」が問題だ。
それをずっと自分で問うてきて、僕含め(世界中の)人たちに伝え続けてくれたのだと思います。
ちなみにこの間お茶したときには、トランプが「Make America Great Again」じゃなくて「Make American Culture Again」って言ってたら最高なのにね、と話してました。最高。

何だか書き出しで想定していなかった謎の展開になってしまいました。冷静に読み返すとまるで弔辞のようですが、黒崎さんは元気です。多分これは深夜に珍しく起きていて、お酒と音楽のセレクトが良かったせいではないかと思われますが、明日の朝、まぁ良いだろうと思えたら公開します。

 

仲間募集、アイデア募集

本は発売から2週間弱が経過し、おかげさまでそこそこ売れているようです。
ただ現状の販売はAmazon中心で書店がまだ弱いようなので、ラジオやWebメディア、著者セミナー(?)などお声がけいただいているものに一つずつ応えつつ、着火のチャンスを狙っていくつもりです。

ところで本を読んでくださった方にお願いがありまして、ぜひ、各ご家庭での「うちはこんなことを実践してるよ」をブログやSNSで発信して欲しいのです。
子どもとの日々の暮らしを気楽に、楽しくするための試行錯誤。その、名前をつけるほどでもない多くの実践が各家庭の中に潜んでいるはずで、それをもっと見える形にしていきたいなと思っているからです。そうして可視化された知見がそこかしこに転がっていたりしたら、暮らしはより楽しく、豊かになるはずですし、子どもが欲しいな、もう一人いてもいいかもな、という展開もあり得るのではないでしょうか。

中には無意識のうちに実践していることも少なくないと思うので、「いや、そんなアイデアなど特にないよ」という方は、ぜひ時間をとって日頃の生活を振り返ってみることをおすすめします。
例えば僕が本の中で書いた「満足の5分間※」とかは、本を書き進めようとする過程で自分の中で捻り出したというか、再発見したものだったりするので、誰しも自分の行動を自分で認知・認識しきれているかというと怪しいと思います。
別に綺麗な文とかでなくとも、日頃の行動を振り返り、言葉にしようとすることで輪郭が浮かび上ってくることは珍しくないので、書いてみようとする行為は割とおすすめです。
※「満足の5分間」
子どもにとってのの5分間は大人のそれとは異なるので、遊ぼうと誘われて普通なら断ってしまうたったの5分間でも相手をしてあげると、思いのほか喜ばれますよという内容です。

ちなみに、ここで書いているようにどの家庭にも無数にアイデアは転がっているなと感じたのは、本の最後に収録している梅田さんとの対談時にも感じたことです。
彼は自宅で紙の新聞を購読していて、毎朝気になるニュースをひとつ取り上げては、その話を噛み砕いて子どもたちに聞かせることが習慣になっていると話してくれました。
たまに実施しない日があると「今日はないの?」とツッコミが入るらしく、きっと定着しているのでしょう。
NewsPicsを創業した彼が紙の新聞を購読というのも面白いのですが、やってることはまさにNewsのピックなので知行合一感が半端じゃありません。大いに感心したわけでありますが、これは良い取り組みだなと思い、僕も早速真似して生活に取り入れています。
そしてもちろん、梅田家のこの取り組みには名前がついておらず、彼が積極的に話すこともなかったはずです。
小一時間話すだけで、こういうアイデアの教え合いみたいなものが2〜3生まれたりするので、きっと皆さん家庭にもあるはず!夫婦や友だち、同僚などと話してみるのも面白いかもしれません。

そういうわけで連休中のひと遊びくらいの位置づけで、ひとつどうぞよろしくお願いします◎

発売日

前にお伝えした本、今日が発売日です。

電子版も用意されているので、もしよければぜひ読んでみてください。

この本は、顔見知りの人もそうじゃない人も含め、何となく自分のことを何かと気にかけてくれていたり、言動を参考にしてくれてそうな数百人、その人たちをイメージして書きました。

そしてできるだけ、読んだら気が楽になり、何となく今後が楽しみになる。そういう余韻が残るよう心がけて書いたつもりです。

育児書の中には、読んでいて心がすり減るようなものも少なくありません。本書はそれらとは異質の軽やかな読後感をもたらすことを目指しています。

 

「今日からの毎日が楽しみです」

 

先日、刷り上がった本を少し早めにプレゼントした仕事仲間は、読後にこんなメッセージを送ってくれました。彼女は二児の母。ずっと先の未来ではなく今日。土日とか非日常ではなく日常。それを楽しみですと言ってくれたことは僕の中で大きいことでした。脳内ガッツポーズ。そういうわけなので、少なからず手応えはあります。

 

四年生の次男が暇を見つけては読んでいることも見逃せません。面白いのかと尋ねてみました。いわく、様々な場面で僕(パパ)が言ったりやったりしたこと、その背景や考えを知れるのが面白いとのこと。何だか複雑な気分ですが、小学生でも読める平易な文章であることは間違いなさそうです。

 

自分なりに考えを整理しながら、子どもたちとの日々の生活を気楽に楽しく過ごすためのヒントをたくさん詰め込んだつもりなので、ほんの少しでも参考になれば嬉しいです。