
黒崎さんはよく「状況を作る」という言い方をしていた。
状況という言葉は通常、今または過去のことに使われることが多い。そしてどちらかというと客観的に表現する時に使われる言葉だ。
けれど黒崎さんの言う「状況を作る」は明らかに未来を指していて、客観性よりも主観、つまり自分がその状況を作る。そういう文脈で使われていた。
その違和感・ざらざら感があったから、記憶力の弱い僕の脳内にも定着したのだろう。
先日開催されたお別れの会は、まるで黒崎さん亡き後も慣性の法則が働いているような、そんなひとつの状況だった。
ひとつ特徴的なのは、そこに参加したであろう多くの人たちが、それぞれ思い思いの形で黒崎さんとの邂逅を語ったり、投稿したりしていること。
それは会から4日経過した今日も続いており、その余韻が長引く感じと、その裾野の広さは改めて、レジェンドと言う他ない。
そして、この現象はきっと、単なる起業家ではなく(であれば社員や取引先、企業仲間が集うはず)、はたまた単なる教育者でもなく(であれば生徒や同僚が集うはず)、状況を作ることに命をかけ、実際に多くの人たちに、その状況に触れたり体験させたりしてきたからこその現象なのだろう。
自分なりにそう理解しているが、逆に言うと、それ以外の解釈の方法が思い浮かばない。
そらくらい常軌を逸した、特別な人とのお別れだったのだと思う。
そう考えると、黒崎さんと一緒に過ごした時間をもっと大切にすれば良かった気もするし、お別れの会の後半で担当させてもらったスピーチも、もっと気の利いた話をすれば良かったのかもしれない。
けれど黒崎さんはかしこまったスタイルは好まないので、適度に抜けてて良かった気もするし、どこかでニコッと笑って「いいじゃん」と言ってくれそうな気もする。
正直なところ、今もとっても悲しくて、寂しい。人間が内側に抱く感情ほどコントロールできないものはないので、しばしの間はこの感情と付き合いつつ、自分も、黒崎さんのような奇跡の状況を作れるかどうかは分からないけど、良い人たちと、流石と言われる仕事をしていきたい