体験とは「自分の精神や身体に刺激や発見をもたらしてくれる全ての行為」。体験とは出口ではなくて入口。

#8月24日の西村通信(ソウ・エクスペリエンス社内向けエッセイ)より転載

人は何をきっかけに物事に興味関心を抱くのでしょうか。 人との出会い?強烈なニュース?それとも朝目が覚めたら突然? 人が何かに興味関心を抱くこと、そのパターンを見極めて事業化すること、それがソウ・エクスペリエンスがやるべきことだと常々思っていますが、これはなかなか実現するのが難しい。なぜなら人が何かに興味を抱く瞬間というのは極めて内面的なもので、他者が意図的意識的にどうこうできるものでもないからです。 ただ、一つだけ希望の光があって、それは赤ちゃんでも子どもでも大人でも、一人でじっと同じ場所や部屋の中にとどまっているよりも、色んな人に会ったり場所に行ったり物や情報に触れたり、、、そういう広い意味での体験に多く触れた人の方がそうでない人に比べて物事に興味を抱くきっかけは多いはず。(あくまでも仮説ですが。)であれば他者であるソウ・エクスペリエンスが何かしらの形で人々に働きかけたり、その媒介となることもできるのではないかと思うのです。

以上ツラツラと書いている中で、自分たちの普段の何気ない活動や考えの中で合点のいくことがいくつかありました。

1つは、なぜソウ・エクスペリエンスで扱う体験のジャンルは幅広く(シャツのオーダーやコーヒーでさえ体験と呼んでます)、実際に商品として提供している体験以外でも「エクスペリエンス」という言葉をとても幅広く捉えているのか。それは僕らにとって体験とは「自分の精神や身体に刺激や発見をもたらしてくれる全ての行為」を指すからです。僕らが提供したいのは決して(よく安易に使われる言葉の代表例としての)「非日常体験」ではありません。僕らにとって体験は「自分の精神や身体に刺激や発見をもたらしてくれる全ての行為」なのです。だから、幅広い。

もう1つは、ソウ・エクスペリエンスは体験を出口ではなく入口だと捉えているということ。「自分の精神や身体に刺激や発見をもたらしてくれる全ての行為」としての体験があるからこそ、そこから興味関心が喚起され、人々は行動を起こしていく。我々の役目はロケットの発射ボタンを押すことではなく、ロケットの発射台をせっせと作ること、そんなイメージでしょうか。 インスタが人気なのは分かりますが、インスタ映えのための体験に違和感を感じるのは、それがインスタに上げる写真という成果物、つまり出口に近い概念の体験だからなのだと思います。 体験はあくまでも、入口。体験して、体験して、そして体験して、、、そこから何が生まれるか分からないけど、何かの精神的身体的反応が起きることを促すことが大事なのです。

あー、何だか書いててスッキリしました。別に誰に頼まれたわけでもないですが、そして似たようなことを延々10年以上考え続けているわけですが、まだまだ発見があって面白いです、この仕事。なので、まだまだ続けます。乞うご期待。