“助けて”は最も人間らしい言葉

先日、とある報道番組を見ていたら、ひとりの出演者が「”助けて”は最も人間らしい言葉」と話していてとても印象に残りました。
これを思い出したのは昨晩、近くに住むドイツ人が「明日は雨予報で、いつも雨のときは送り迎えをしてくれる親が近くにいないので車に乗せていって欲しい」と連絡をしてくれてきた時でした。
彼女に限らず、少なくとも僕の周囲にいる外国人は、割と気軽かつストレートに「助けて」の意思表示をしてくることが多いように思います。友人の職探しを手伝ってくれ(ウガンダ人)、在庫置き場が欲しいから1m四方のスペースを貸してくれ(台湾人)、ビザを取りたいから協力してくれ(アルメニア人)、そして先ほどのドイツ人。少し振り返っただけでもザクザク出てくる一方で、日本に住む人数比で考えると、日本人からの「助けて」の機会は相対的にとても少ない気がします。
もちろん、僕に限らず多くの日本人は、助けを求められれば気持ち良く応じるのでしょう。けれど助けを求めることはどうも苦手で「迷惑ではないか」と躊躇してしまう。そんな傾向があるのでしょうか。
「人様に迷惑をかけない」と言うとひとつの美徳のようにも聞こえますが、それは「助けてを言えない」ことと表裏一体で、かつ、コロナをきっかけとした社会的な孤立とか、シングルピアレント、はたまたヤングケアラーといった諸問題と密接かつ直接的に関係しているようにも見えます。放っておけないですね。引き続き個人的な重要テーマとして身の回りを観察考察しつつ必要に応じてアクションを起こしていきたいなと思います。