行き着く先は、個人

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企業の生み出す商品やサービスは、たとえそれが個人向けでなく企業向けのものであっても、その企業のクライアント(または更にそのクライアント、そして更にその先のクライアント、、、)は最終的に個人向けに行き着くので、企業商材の最終的な便益者は個人ということになります。逆に企業の所有者も、一義的には機関投資家だったりするけれど、最終的な資金の出し手であり実質株主は個人。つまり企業に収益をもたらす商材の買い手は個人で、企業の持ち主も個人。
官業にも似たようなことが言えて、行政サービスの最終便益者は個人(市民)。その行政サービスを経済的に成り立たせる主体も納税者という名の個人。

ではその個人という曖昧模糊とした概念をもう少し言語化すると、それは私たち人間の肉体であり、その肉体の中に生まれる心や意識、そしてその人間の中で生まれる感情、、、
とすると、個人の「楽しい」「嬉しい」「気持ち良い」感情の増幅が、あらゆる企業や行政の活動の終着点ではないかと思うのです。

いや、これは全くもって、常に楽しさ優先のお気楽人生をひた歩む自分の正当化のための理論武装に過ぎないのですが、でもそんなに筋違いなことでもない気がするのです。添付のスライドのように、だからと言って「興味関心の赴くままにいこう」とか「やっちゃえ」と言うのはちょっと飛躍がある気もしますが、でも、そうでしょう?
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今日、友人にお招きいただいて横浜国立大学の講義で大勢の学生の前で話をしてきたのですが、その際にも最後にこの話をして皆さん熱心に聞いてくださったので、こんなよもや話で他の誰かの心も就寝前に少しだけ軽くなったら良いなと思い、書いてみました。では、シャワーを浴びて参ります。