指摘の作法。

先日、友人の手がけるサービスがネット上で問題点を指摘され、炎上した。
詳しく聞くと責任は明らかに彼らにあるし、ミスなのだが、その問題点の指摘の仕方、され方は実に大人げないものだった。

僕は存じ上げなかったが指摘したその人はアルファブロガーらしく、問題のある商品やサービスを見つけては「これから調理しますか」と宣言しては、twitterなどを用いて公衆の面前で問題点を明らかにしていくということをたまにやっているようだ。

この悪趣味な破壊的ライブ中継に多くの人が群がり、当然の帰結として友人のサービスは炎上した。

問題点に気づいたのなら、なぜ、まずはそっと運営者に連絡をして指摘してあげなかったのか、それが不思議で仕方ない。破壊は刹那的なエンターテイメントになり得ると思うが、こうして人が(問題点はあるかもしれないが)努力を尽くして作り上げてきたものを順番に破壊していくことで注目を集めたい、優越感に浸りたいのだろうか。

そして僕がもうひとつ驚いたのは、この一連の出来事を僕はオフィスの仲間から聞いて憤りを感じたのだが、仲間たちはあまり憤りを感じることはなく、むしろ「仕方ないよね」という空気を感じたからだ。

2chに代表されるネット上のルールにおいては、これは「仕方ないこと」なのかもしれないが、そんなルールがネットを離れてオフィスにまで入り込まれてしまっては困る。なので僕は少し力を込めてこの出来事、このやり方への非難を口にした。

創造には問題点がつきものだ。自分で何かを創り出している人は思い当たることがたくさんあるだろうが、そうではない人には分かるまい。
創造の過程で生まれる多くの問題点を、このアルファブロガーのように破壊的ライブ中継していけば、皆が疑心暗鬼になり世の中のあらゆる創造活動は阻害されてしまう。

そんな世界を誰が欲するのでしょう?